自分を厳しく律し続けろ。
この仕事ほど継続的な努力が必要な仕事はないと思う。長い休みをとってパーッと遊ぶなんてことはほとんど不可能に近い。技術も、知識も、健康も退職までずっと維持していかなければならないからだ。
パイロットの訓練っていうのは終わりがない。
飛んだことがない人が飛べるようになって、コーパイになる。そこでは一年に一回のチェックがあるし、次は機長昇格のための訓練を行わなければならない。
パイロットになるには適性が必要なことはもうみんな知ってると思う。
パイロット候補生として選ばれてもそこから平均して9割の人しかラインで飛行機を操縦することはできない。
でも、その中からまた9割くらいの人しか機長になれないのを知っているだろうか?
この数字はエアラインによって全然違うから数字にたいした意味はないんだけど(ひどい会社ではほとんど機長になれなかったりする)、実は機長になるってものすごく難しいんだ。
ところで機長と副操縦士の違いって知ってるかな?
もちろん二人とも資格を持ったパイロットで二人とも離陸から着陸までちゃんと一人でもやってのけられる。
でもコーパイとキャプテンじゃあ給料も違うし腕にある金線の数も違うのは何でなのか?
勘のいい人は言われなくてもわかっているだろう。キャプテンとコーパイの間を大きく隔てているのが、『責任』だ。
キャプテンが飛行機の全責任を負う。
それは『何かあったらキャプテンが首を切られる』ってことに留まらない。
結果的にはそうなるんだけど(さらに刑罰というおまけつきだ)、責任者であるってことは自分で決めなきゃいけないってことなんだ。
それがこの仕事の面白みであり、きつさでもある。以前その面白さについて述べたよな?
想像してもみてくれ。
今君は飛行機を操縦している。機長だ。
千歳空港に向かっているとしよう。
北海道だ、予想されるのは雪だよな?
当日は運悪くすごい大雪だったとしよう。『降りれるのかな?』って絶対思うよ。ひどい場合には『降りていいのかな?』なんて思ったりもする。もちろんこれは勉強不足なだけだが。
念のため前を飛んでた飛行機のパイレップ(パイロットレポート:先にその空域を飛んだパイロットからの状況報告)をもらったが、「なんとか着陸できたが滑走路は見えにくいしブレーキングも悪かった」って言われた。
どうする?
君が決めなきゃいけない。
無理に行って着陸に失敗したら大惨事だし、他の空港にダイバートすればお客さんに迷惑をかけるし、地上のスタッフにも迷惑をかける。
責任を負うってのはそういうことだ。それを決めるのは、コーパイじゃなくてキャプテンなんだ。
僕の上司で恩師でもあるキャプテンがいる。
会社で『鬼のように怖い』っていう評判の人物だ。
僕が訓練時代、判断力について困っていたことがあって、そこでそのキャプテンに言われたことがある。
そのまま引用すると、
「パイロットってのは不安なんだ。俺だっていつも『これでいいんだよな?』って自問自答しながらオペレーションしてるよ。誰も教えてくれない。だから、勉強するんだよ。それでいざやる時は何度も確認するんだよ」
これは実は僕にはかなり衝撃だった。
こんな鬼みたいな人で、パイロットとして完璧に近い人でもそんなこと思っているのか。
みんなもそうだと思うけど、ものごとには正解があると思っているような?僕もそう思ってた。でも、特にこの世界ではそんなことはないんだ。あいては自然で、常に変化しているからね。
だから、勉強しなければいけない。
教科書を読むだけじゃない。
『こんな場合は何が起こる可能性があるんだろう?じゃあその時はどう対応したらいいんだろう?誰に何をさせて、飛行機の高度やヘディングはどうしたらいいんだろう?』って、答えのない問いに答え続けていかなければならない。
分かったかな?機長と副操縦士には大きな隔たりがあるんだ。
そして本気で頑張ってやっとこさ機長になれても、今度は半年に一回の技能審査と健康診断がある。
まさに、心の体力が必要な仕事だ。