非常事態に対して、訓練ではどれくらいまで想定しているのか質問です。

はじめまして。
社会人になり、安全に対する考え方から航空業界に関心を持ち、いつもこちらのブログを興味深く拝見しております。
サレンバーガー機長の著書を読んだり、ハドソン川の奇跡についての調べるうちに疑問に思ったのですが、機長はバードストライクののち短時間で高度を処理するためにフォワードスリップなる機動を行ったと聞きました。
通常、旅客機では行わない処理だとのことですが、訓練等では実施するのでしょうか?
どんな業界でも業務に対し最悪の事態に備えることが大切と考えていますが、最悪の事態はいつもこちらの準備を嘲笑うかのように発生しますので、航空機の訓練はどのくらいまで想定しているのか、ご教示いただきたく存じます。
By mura24さん
回答
mura24さん、ご質問ありがとうございます。
まずは知らない人のために説明しておきますが、フォーワードスリップとは、小型機などで高度を急激に落としたい時に使うテクニックの一つで、ラダーを最大にまで踏み込んで、すると飛行機は踏み込んだ足の方を向きますが、同時にその足の方に回転を始めます。その回転を止めるようにエルロンを当ててやると、飛行機はカニのように横向きに進みます。
この姿勢では空気からの抵抗が大きくなり、飛行機は急激に高度を減らすことができます。
このフォーワードスリップですが、訓練で実施します。
パイロットのライセンスである事業用操縦士の国家資格をとるための科目の中に、フォーワードスリップを使う可能性のある科目はいくつかありますが、代表的なものでは緊急着陸でしょう。シングルエンジンの機体がエンジン故障した場合に、滑空状態で安全な場所に着陸する科目です。もちろん、実際に着陸はせず、低高度まで降りてそのフィールドに降りれると判断された時点で終了し、上昇しますが。
届く範囲に空港があれば滑走路に、なければ適当な畑などを探してそこに降りるべく操縦しますが、その畑を飛び越えてしまいそうな場合にこのフォーワードスリップを使用します。
むしろ賢い選択としては、その畑に対して高めに飛行機を持っていって、直前の微調整でフォーワードスリップを使用するのがいいテクニックだと思います。
山間部を飛行中の場合は連なった木の上に降りることもあり得るし、都心部ではまさに川に降りるという選択もあるでしょう。
次に訓練の想定についてですが、こっちが本題ですね。難しいテーマです。
航空業界として、どのような非常事態に対してまで想定して対策をしているのか。
そんなことを僕のような青二才が議論するのは恐縮ですが(いや考えを述べるくらいなら自由なのかな?)、まあ間違っているかもしれないと思って読んで下さい。
僕の考えでは、航空業界では想定される最もクリティカルな単一の故障に対して、厳しいレベルで訓練されています。
でも、複合的なクリティカルな故障に対しては訓練はされていないと思います。
もっとも代表的な例は、離陸中の1エンジンの故障です。
飛行機は空中で高度がある時にエンジンが一つ壊れてもそれほど脅威ではありませんが、低高度で壊れてしまうと非常に危険です。離陸中が最もクリティカルな時期となります。
これに対して、ライセンスを取得する試験で必ずこれをやることになるので、これができないパイロットはいません。
しかし、例えば離陸中にエンジンが壊れて、さらに計器が故障してしまうという状況については想定した訓練はありません。さらにその上電気系統が壊れてしまうとかも訓練ではやらないでしょう。
でも、それらそれぞれの訓練は行われています。
また、タスクの優先付けなど、「今何をしないといけないのか?」という基本的なノンテクニカルスキルも、パイロットは訓練されています。
そこから多くのパイロットは離陸上昇直後にエンジンが壊れて、速度計が壊れて、さらに電気系統が使えなくなってしまったとしても、まずはギアを上げて効力を減らして、飛行機を1エンジン故障した時の速度を守れる姿勢にして、電気故障は後回しにして…と、ある程度の対応はとれるのだと思います。
おそらく複合的な故障を挙げていくとキリがなくその全てを訓練することは不可能ですが、飛行機のシステムをしっかりと理解していれば「これとあれが壊れたけど、こっちの故障はどことどこに影響があって、操縦系統にも影響が出るからまずはこっちのチェックリストをやろうか」などと考えることができると思います。そのため、ライセンスをとる試験では飛行機のシステムについても深い知識を問われることになります。
考えてみるとたいしたものですね、試験で問われていることにはちゃんと理由があって、知識でさえも期待される基準に満たしていなければライセンスが発行されることはありません。
それはやはり、危険と隣り合わせの航空業界だからこそそうなってきたのでしょう。
しかしそれでも事故は起こってしまいます。
機材の故障ではなく、パイロットのミスで事故が起こることもあります。今まで想定されてなかった事態が起こり、事故になることもあります。
しかし、この業界の偉いところは、航空事故に対して真摯に向き合っていることだと思います。
事故調査委員会を設置して、事故の原因を調べ、必要な場合には航空会社や航空機メーカーに勧告を出すこともあります。もちろん、その調査結果は公表されます。それはパイロット達にとって、大事な教材となり、同じ事故を起こさないように努めます。
そういった、安全に対して謙虚な姿勢があるのがこの業界だと思います。
事故が起こってから対策をとっていくのはいたちごっこのようにも見えますが、それでも安全の質は一歩ずつ上がっていくと思います。
最後は話がそれていってしまいましたが、僕の考えは以上です。
原発の例もありましたが、安全に対して備えていなければならないのはいろんな業界で共通していて、他の業界安全対策について調べてみることは思いもよらぬブレイクスルーをもたらせてくれるのかもしれませんね。僕も他業界に対して興味が出てきました。ご質問ありがとうございました。