暗黙知

2012-06-15

暗黙知という言葉をご存じだろうか?

この暗黙知という言葉は分野によって定義が異なるようだけど、我々の仕事では『言葉にできない知恵』とでも定義しておこうか。もっと砕けて言ってしまうと、なんのことはない、『工夫』のことだ。

僕らの仕事では失敗は許されない。だからパイロットは厳しい訓練を受けなければならないし、運航はマニュアルによって決まった手順が定められている。

でも悲しいかな、人間には個人差がある。計算が苦手ば人もいれば、物忘れの多い人もいる。従って上にあげたような万人を対象にした教育ではカバーできない部分がでてくる。それを補うために、パイロットはそれぞれ自分だけの工夫を持っていることが少なくない。私が以前耳にしたものですばらしいなと思ったものを例としてあげておこう。

あるキャプテンは手動で操縦してる時は自分の手袋を操縦桿にかけるようにしているそうだ。

どういうことか説明しよう。みんなはオートパロットというものをご存じだろうか?日本語で言うと自動操縦装置のことで、文字どおり人間が操縦しなくても、コンピューターが勝手に飛行機の操縦をしてくれる。

もちろんこのオートパロットにいつも頼っているのではなく、パイロットはオートパロットをうまく使って自分の作業を軽減する。複雑でない時の操縦はコンピューターに任せてしまって、自分はそのコンピューターの監視と、この先起こるであろうことを考えておくことができる。

そんな便利なオートパイロットだけど、実はこわい一面もある。手動操縦中にパイロットが『現在オートパイロットで飛行している』と勘違いしてしまう可能性がある。

オートパイロットで飛行していると、パイロットが操縦桿から手を離していても決められた高度を守るように飛んでくれる。もし、『現在オートパロットで飛行している』と勘違いして手を離してしまったら、飛行機は墜落してしまうかもしれない。墜落しないにしても、決められた高度を守って飛ばないことは非常に危険なことだ。

そんなこと起こるわけないだろうと思う人もいるかもしれないが、もちろんそんなことは起こらない。普通の場合は。実は、人間がミスをしてしまうのは何かイレギュラーが入った時なんだ。

例えば、急にキャビンから火がでたと報告されたとしようか。そうしたら大忙しだ。マニュアルに従ってトラブルシューティングを行い、ダイバート先を考える。そこの天気は大丈夫なのか?燃料はどれだけもつのか?なんてことを一気に考えなければいけない。

そんなことをしている間にふと現在自分が飛行機をコントロールしていることを忘れてしまう。

また故障に限らずとも、キャビンでお客さんが暴れ出して、その対処を客室乗務員から頼まれるかもしれない。そういったものを『割り込みタスク』というんだけど、この『割り込みタスク』に人間は弱い。みんなもそんな経験があるのではないだろうか。

どんな割り込みタスクが入ったとしても、『手袋を外して操縦桿を触っている時は手動で操縦している』と体に覚えこませていれば、そういった失念を防ぐことができる。また、手袋を操縦桿という嫌でも目に入るところにかけておけば、視覚情報からも間違いを防ぐことができる。

いかがだろうか?こういった『暗黙知』は他にも無数に存在する。

ちょっとした工夫で大きな事故を防ぐことができるんだから、どんどん取り入れていくべきだと思う。