パイロットの義務

2011-05-15

船舶の世界では有名な話だと思う。船が沈む時、船長は一番最後に船を降りなければならない。

少し法律の話をしよう。

刑法第37条にこうある。
『自己又は他人の生命、身体、自由若しくは財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ないで行った行為は、その行為より生じた害、その避けようとした害の程度を超えない場合に限りこれを罰せず。但し、その程度を超えた行為は情状により、その刑を減軽又は免除することを得る。
2. 前項の規定は、業務上特別の義務ある者にはこれを適用せず。』

もうピンときてる人も多いかと思うけど、『正当防衛』ってやつだよな。

人はみんな自分の生命を守る権利を持っていて、そのためにやむなく行った行為に対しては例えばそれが違法性を持っている行為であっても罪に問われることはない。

こういうのを緊急避難という。

でもこの第二項が曲者だ。

例えば、自衛官が防衛活動を行っている時に、そこが危険だからと言って避難することはできない。

これが、機長にも当てはまる。

航空法の第75条にこうある。
『機長は、航空機の航行中、その航空機に急迫した危難が生じた場合には、旅客の救助及び地上又は水上の人又は物件に対する危難の防止に必要な手段を尽くさなければならない。』

つまりは、例を挙げると、エンジンが止まって飛行機が墜落しそうになったり、どんな絶望的な状況であっても『もうだめだぁ』とか諦めちゃいけないし、目の前に道路があるからそこに降りれば助かると思っても、その道路に人がいたらその人を巻き込まないように不時着しなければならない。

逆に残念ながら安全に着陸できる見込みがなくても、地上の民家に飛行機をぶつけないように最後まで飛行機をコントロールしなければならない。

つまり、機長は自分の命を危険にさらしてでも、乗客や地上の人の安全を守る義務があるんだ。

また、『最後退避義務』って言葉がある。

冒頭の船の話だけど、船長は船が遭難して逃げなきゃならない時でも、ちゃんと乗客が全員避難したのか確認してからじゃないと、自分は避難してはいけない。

これは厳密に言うと飛行機では少し違う。

昔の航空法の条文ではこの記載があったんだけど、現実的に飛行機の場合、不時着すると飛行機が折れたり、燃えたりして、機長がキャビンを全て確認することが難しい事態になり易い。

だからさっきの条文は取り払われたんだけど、でも航空法75条によりやはり乗客が優先されることは疑いない。

そして、機長がこれに違反した場合、機長は5年以下の懲役刑に問われる。

実はこれ、航空法上、最も厳しい罰なんだ。

乗客の命を預かって飛行機を操縦する以上、パイロットはその責任を果たさなければならないんだ。

自分を犠牲にしてでも他者を助ける。

こういうのを義侠心という。